子供の喘息がきっかけで脱サラ、気が付いたら20年。心と身体を回復させるアイテム「温」「緩」「巡」の日々をつらつら書きたいと思います。
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愛は伝えるより受け取るほうが難しい。

この言葉は少年ジャンプに連載していた「シャーマンキング」という
マンガにでてくる一節です。記憶がさだかでないから正確には違うかも。
「全は一、一は全」というのは少年ガンガン連載の「鋼の錬金術師」
で表現されている。(いつも書くけど、マンガはすばらしい)

で、本題。
「愛」というのは難しい。
「愛情」となるとまた意味が変わってくるし、混乱しそう。
しかし漢字ってすごいなぁ。

で、なぜ受け取るほうが難しいか自分なりに考えてみた。
(思い込みだから軽く流してね)
伝えるのは、たぶん・・・たぶん相手を愛してたら普通に出来るはず。
本能的プログラムのように思う。

受け取れないのは「お返しをしなくてはならない」と思うから。

これ、文化なのかどうなのか?
なにかをいただくと「お返し」する慣習がある。
祝い、香典、give&take・・・英語もあるから人類共通??

お返しをしたくない
お返ししたくてもどうしていいのかわからない・・・
お返ししたいけど、相手はすべてを持っているから伝えられない

なんて思うと、とてもじゃないけど受け取れない。
「甘え方がわからない」というのも同じような氣がする。

でも、見返りを含んだ愛?(はたしてそれを愛と呼ぶかどうか
はわからないけど)を感じたら逆に受け取らないほうがいいかも知れないけど、
いわゆる「無償の愛」の場合、それを伝えた人は見返りを望んではいないはず。
(どちらか判断するの難しいけど、結果はしばらくすると友好か疎遠という形ででるから経験でしかわからないかも)

だから「もらいっぱなし」でいいのではないか?どうしてもお返ししたい場合、伝えてくれた本人でなく違う人に
また無償で伝えたらいいんじゃないか、な。

映画「ペイフォアード」もそうだし、親子もそうだと思う(思いたいが
時代は複雑)、すべてがそうであればすばらしいと願います。

しかし、最近まで「愛」なんてこっぱずかしくて書いたりできなかったけど
割りと平気な自分が怖い・・・(^^;)


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