子供の喘息がきっかけで脱サラ、気が付いたら20年。心と身体を回復させるアイテム「温」「緩」「巡」の日々をつらつら書きたいと思います。
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魂の叫び、喜び、ふれあいの続き。
人それぞれが感じることでどれが魂・なんてわからないんだけど、自分なりにまとめたら
「喜怒哀楽という感情ではなく、また、理性的でない想い」なんです。ほんとに湧き上がってくるんですよ、うわっぁ~っと。

最近はやりの「スピリチュアル」もこんな感じではないだろうか?
なんか単に霊的な癒し事が「スピリチュアル」になってる?!

感情でないというのは、なぜがというと、なんか・・こう・・・メッセージがあるんです。

イカリガコミアゲル、カナシミガコミアゲル

ではないんです。
明らかになにか自分という存在が受け取るべきものをもらっているというかなんというか。

たとえば「ただ生きる」とか「ただ愛す」とかシンプルな感覚。

そして理性的では全くない。
自分にとって全然メリットのないことが想いとして出てくる。
予想もしないことが湧き上がってくる、しかも突然・・・

たとえば「過去殺意を持った人物に感謝してやまない」とか
「自己犠牲的に人を想う」とか。
普段ではありえない想い。
頭でわかっていてもできないこと。

でも、魂を感じるのはその一瞬の出来事。
現実に戻ると、また元の感情や理性に戻る。

ただ、いままでとの大きな違いは
一度その感覚を知ってしまえばそこに戻ることができるという心強い安心が生まれる。
人を嫌いになっても感謝に戻れる。
自分が混乱しても穏やかな満たされた感覚に戻れる。
頭でわかっていてもできなかったことができた。


これが個と全体の一体感だと思っています。それが「全意識」「膨大な意識」「サムシンググレート」
「全は一、一は全」「グレートスピリッツ」なんて呼ばれている
ものなのか。

これを感じ始めて孤独感はなくなりました。
家族や仲間といてもなくなることのなかった孤独感が消えました。
なぜ生きているのかも明確になりました。

これは自分らしくなれた瞬間、感じることができるようにおもいます。

ちょっと熱くなってしまいました(^^;)
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