子供の喘息がきっかけで脱サラ、気が付いたら20年。心と身体を回復させるアイテム「温」「緩」「巡」の日々をつらつら書きたいと思います。
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ちょっとしたきっかけでここ10日間ほど、このことをどう書こうかずっと考えていたんだけど、今日ある先生のお話を聞いて
やっぱり書いてみようと思いました。

僕自身のエネルギー講座や頭蓋仙骨療法講座で
何もしないということをお話しています。
何かしたときと、何もしないときの差を感じていただくことで
いまはお話をしています。
頭からなにもしないのがいいんです。といっても
おそらくほとんど何も始まらないし、つまんない。

一般には「何もしない」というと「手抜き」とか「さぼってる」とかのイメージがありますが、それは頭ではいろんなことを考えるんだけど、行動に起こさないってことであって、
ここでいう「何もしない」は人事を尽くして天命を待つ
というほうが近いかもしれませんね。

やることをやってあとは何もしないということなんです。

相手に意識を向けているだけ。
相手に手をそえているだけ。

ようは相手の意のままにほったらかしておくということ。

エゴ(我)を入れないということ。
でも、これがなかなかできない。

僕も瞑想や日々の瞬間や施術中のある状態の時はできるけど、その他のときはエゴエゴなんで困ったもんです。
ま、それを受け入れてokをだしているのも事実ですが・・

でも、このことがたとえ瞬間でもできるようになると
いろんなことが起こりだす。

体に関わることとしては、病気や痛みや辛さが軽減したり
なくなったりする。
よし!私が楽にしてあげるから!ではなく
ただ、決められたことを何も考えずやるほうが結果がでる。
(講座に出ていただいた方は実感していただけたかな)
ただし、それは僕の場合はですが・・・

で、今日の先生のお話も同じだと思いました。
といっても違うかったらすいません・・

人が目的を持って集まると「目的」という「欲(我)」
が出るから話が進まない。
リーダーがいる勉強会はそれでよいが、新たに
生み出すのはちょっと違う。

しかし、何かを生み出すには何もしないほうがよい。
目的がないほうが、何かを生み出すには適している。
そういったお話である。

最近、少し外に目を向けてきたら、
自分がひそかに感じていたことと同じことを
既に形としても実践されている方たちが
たくさんおられることがわかってきた。

やはり時代はそうなってきているようですね。

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