子供の喘息がきっかけで脱サラ、気が付いたら20年。心と身体を回復させるアイテム「温」「緩」「巡」の日々をつらつら書きたいと思います。
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よくスピリチュアルな話で「あるがままでいいんですよ」と
言ったり、言われたりして「そうだったのか、自分は自由に自分のことを
表現してもいいんだ!」と気づくことがあります。

僕ら戦後生まれの世代はおそらくだけど高度成長のためも含めて
義務教育の時点で「平均的優等生」をベースにしてきた「無個性」の
教育であって、それが実際今の日本をすごい国にしてきたんだと思います。

それゆえ、表現したいけど、「言っちゃだめ、やっちゃだめ」という
制限も多く、「個性」を抑えることが当たり前になり、それをやっていいのは
芸術家と芸人に限られるという社会になりました。(立川談志師匠の言葉を一部お借りしました)

それが経済的に豊かになった今、開放のチャンスが与えられ、「あるがまま」という言葉がはやった結果が勘違いされて「わがまま」が蔓延したように思います。

僕の思うおおきな違いは
「あるがまま」=自分の長所、短所を自分で認めること。
「わがまま」 =    ↑   を他人に認めさせること。
ちなみに
「無個性」  =    ↑   を自分も他人も見て見ぬ振りをすること。
のように思います。

だから、「無個性」時代から、自分の長所、短所を認める(解放する)
という意味では「あるがまま」も「わがまま」も一緒だけどね。

仮に「わがまま」を選ぶと人をも巻き込むので迷惑がかかること
しばしば。
でも、本人は「あるがままでいいんだぁ」と信じ込む。

なかなか、ひとの心は難しい。

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忙しくて書けないとすぐ落ちます・・・シビアですなぁ。
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