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子供の喘息がきっかけで脱サラ、気が付いたら25年。心と身体を回復させるアイテム「温」「緩」「巡」の日々をつらつら書きたいと思います。
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9月というのにまだまだ35℃以上の日が続き
厳しい夏をみなさんお過ごしのことと思います。

コロナもなかなか収束せず、安倍総理も辞任し、
日本はどうなるの??
と思ってしまいますね。

そんな中でもGOTOキャンペーンで遊べ~と促され、
一方では来るな~と拒絶される。

まさにこれをカオスと呼ぶのではないかと思います。

雑学ですが、このカオスは日本語で「混沌」となり、語源は
中国神話の渾沌となり、これは

「天地が分かれる前の状態」

を表すそうです。

ということは今は新たな秩序ができる直前に来ているような感じがします。

何を変えなくてはならないのか?、何をしなくてはならないのか?
まったくわからないし、興味もないのですが、
ただ言えるのは、目の前のことを淡々とこなし、淡々と生きることしか
できないのも事実だと思います。

何かあったときにアタフタするより、何があっても淡々と生きれるように
心を作っておけば不安なんてもんはなくなるでしょうね。

そうありたいと日々楽しみながら僕は生きたいと思っています。
あれよあれよという間に
世間はコロナ一色。

感染拡大防止のため
不要不急の外出をしないように
することが必要だと切に思います。

私も今後ロックダウンすれば
世田谷院で施術ができるかどうかもわからない状況にあり、
死活問題になります。

しかし、当たり前ですが、
こんなときこそ
心に余裕を持つことが大事。

あたふたしても仕方ない。

できることを
できるときに
できるだけやる。

それしかないように思います。

いま、何を書いても語っても
薄っぺらい。

耐えること、
静かに過ごすこと、

これを学ぶことをできるチャンスと捉えるのがよいのかな。
今年も12月、
師走になってしまいました。

一年、あっという間ですねぇ~
とあちこちで枕詞のように挨拶する季節ですね。

時代は新しい年号を迎え、天皇陛下ご即位のさまざまな儀式がテレビで放映されました。
益々、お二人を身近に感じるようになった気がします。

我が奈良県にも初代神武天皇陵がある橿原神宮においでになったようで、
提灯を使って意志疎通をするイベントなどをやっていましたね。

しかし、過去の天皇陛下と民衆は決して身近に感じるものではなかったはず。

このように古くからの伝統に則りつつも新しい価値観を取り入れていくのは賛否両論があって、
変化に対応していくのはとても難しいと思います。

自分の回りに関しても同様に、
例えば冠婚葬祭はほんの30~40年前まで自宅に客人を迎え入れてやっていたものが、
やがてホールでやり、ごく最近では結婚式もお葬式もしない、、という流れにまでなってきました。

私もあと数年で還暦ですが、新しい価値観にどんどん対応していかないと
ほんとに時代に乗り遅れてしまいそうです。

古きよき風習は継続し、新しきよき風は迎え入れていけるように頭を柔らかくしていきましょう。
八千草薫さんが他界されました。

僕らはヤマハパッソルというスクーターのCMに出ておられることで
その存在を知りました。
ちょうどホンダのロードパルというスクータ―のCMでソフィアローレンが
出演(ラッタッタ~♪と言えばわかるかな?)していて、その対抗馬が
八千草薫さんだった気がします。
世界的女優に対抗でき、女性にも優しく乗れるスクータ―としての
イメージ、すなわち、日本の理想の女性像だったわけですね。

最近までかわいい、品位あるおばあちゃまを演じておられましたが
あのお顔はほんとに自然体でステキな笑顔をされていたと思います。

巷ではアンチエイジングとしていろいろなことがなされていますが、
やはりどう見ても不自然なお顔の方々がいっぱいおられて
「いやぁ、もうやめといたら??」と思ってしまうこともしばしですね。

自然にキレイに年を取る・・・
これはやはり普段の生活での影響も相当あるのではないか。
もちろん、若い頃からの影響も多大にあるわけで
高齢になるに従い、どう生きてきたかをまざまざと見せられるんだろなと
八千草さんの報道を見ながら思いました。

本当のアンチエイジングは生き方の見直しからなんじゃないかなと。
暑いのも少し落ち着いてきましたね。
蜩の鳴く声も聞こえてきました。

夏もそろそろ終わります。
そしてNHKの朝ドラ「なつぞら」も後ひとつきで終わります(TT)

自分たちが小学生だった頃のアニメの背景が見れて最近は違った意味で
面白いですね。

そんな中、ひとつだけ違和感を感じます。
それはベタベタの関西弁を話す上司がいることです。
いまのところストーリー上キーマンではありません。
悪い役でもありません。
ただの「賑やかし」的なお飾りにみえなくもない・・・
そのキャラクターいるの?と思う位置づけです。

アニメであれ、ドラマであれ、
だいたい関西弁のキャラクターが一人は混ざっています。
これといって何もしていなくても関西弁をしゃべっているだけで
気になる存在になってしまうわけです。

そう、「こいつ、ひと一癖あるな」という目線です。

どうも全国的に関西弁のイメージというかキャラクター性が
そんな感じで使われているようですね。

あとは絶対に面白い人だ、とか話に必ずオチがある、とかイメージを持たれて
我々関西人はどんどん他の地域の人たちとしゃべる時にハードルが上がっていきます。

もちろん、笑いの文化が幼少の頃からしみ込んでることもあります。
確かに日常会話にボケ、ツッコミは当たり前のようにありますし、
オチがない話は怒られてきました・・・

しかし、それを期待されても困るよなぁと思いつつ
ドラマのあの関西弁の上司になんかやれよ~と期待している自分がいました。

これこそ、人のふりして我がふり直せ。。。ですね。